これまでの研究業績 |
マイクロ・ナノ流体デバイスは現在すでに広く使われていますが、 その研究や開発は実験が主導的であり、 装置の設計やデザインに欠くことの出来ない理論的な理解は、むしろ遅れています。 本研究の目的は、流体力学的理論によって大きなスケールからアプローチすることによって、 ナノ・スケールでの物理の基礎メカニズムを理解することです。 一般に流体力学的相互作用は、流体方程式を境界条件のもとに解くことで得られます。 これまでは広く「すべりなし」境界条件が使われてきましたが、 最近の実験からナノ・スケールでは境界での流体のすべりが重要なことが明らかになってきました。 本研究では、この「すべり境界条件」を考慮した流体力学的相互作用を 解くことができるストークス動力学法を定式化しました。 このすべり境界条件は、実はナノ・スケールに限らず広く見られるもので、 高分子溶液などの非ニュートン流体や、電気泳動を引き起こす電気浸透流でも観測される 一般的な現象です。 したがって、このストークス動力学法の拡張は、応用上とても重要な一般化です。
低レイノルズ数流れではナビエ・ストークス方程式は線形のストークス方程式に帰着します。 流れの中の2つの球形粒子の厳密解は、すべりなし境界条件のもと、 Jeffrey-Onishi (1984) と Jeffrey (1992) によって解かれています。 本研究では、ナビエのすべり境界条件に拡張された2つの球形粒子の厳密解を導出しました。 これまで、同様のすべり境界条件を課した解が Keh-Chen (1997) により得られていましたが、 そこでは、流れのずり成分が含まれておらず、また、境界条件を特徴づけるすべり長について、 粒子の半径でスケールされた量が2つの粒子に対して同じ場合に限定されていました。 本研究では、任意の線形流(ずりを含む)を考慮しており、また 粒子サイズとすべり長は、各粒子に対して独立に、任意にとることができます。 この厳密解は、すべりなしの場合(通常の固体粒子)から、 任意のすべり長(ナノ・スケールでの粒子)をはさんで、完全すべりの場合 (気泡に相当)を含み、その応用範囲はとても幅広いものです。
現代の生物や化学、物理において質量分析器は欠くことの出来ない基本的な実験装置です。 (2002年のノーベル化学賞は、この質量分析器の開発者に贈られました。) この質量分析の基礎原理の一つに、電子スプレーイオン化法があります。 これは帯電した液滴がその電荷の不安定性によって分裂していき、 最終的に質量分析器で測定される対象分子の気相イオンを生成するプロセスです。 実はこの、溶液の中からイオンが生成されるプロセスは理論的に解明されておらず、 その意味で質量分析器は、いわばブラック・ボックスとして扱われているのが現状です。 本研究では、この帯電した水の液滴の、特にその最終ステージである ナノ・スケールでの不安定性を、分子動力学シミュレーションを使って解析しました。 この結果、これまで提唱されてきた二つの理論、つまり レイリーの理論による charge residue mechanism (CRM) と 活性化過程モデルによる ion evaporation mechanism (IEM) のうち、 少なくともナノ・スケールでは、後者の IEM が確認されました。
[Ichiki, Prosperetti (2004), Zhang et al (2006), Prosperetti et al (2006a), Prosperetti et al (2006b)]
コロイド溶液に代表される 粘性流体中に分散した小さな粒子からなる系は、 様々な分野で広く用いられており、その挙動を理論的に理解することは、 学問的な意義にとどまらず、工学的な応用上、とても重要です。 これまでの理論解析においては、しかしその複雑さから、 主に粒子分布が一様な場合が研究されて来ました。 これは、非一様な系に比べて一様な系は問題が大幅に単純化され、 したがって理論的な取り扱いが可能になるためです。 しかし、現実の系を見れば明らかなように、一様状態は特殊であり、 むしろ分散系は一般に非一様な分布を持っています。 本研究では、このこれまで無視されてきた非一様性に焦点を当て、 その分散系に及ぼす影響を定量的に解析しました。 この目的のため、新しい統計平均法を定式化し、 詳細な多体問題の計算結果から系統的に一様性な寄与と非一様性な寄与を 取り出すことが可能になりました。 この手法を、広く知られている流体中の1粒子に対する 流体の効果に関する Faxen の力とトルクに関する法則に応用し、 この法則を有限の粒子濃度に拡張しました。
[Ichiki (2000), Ichiki (2002)]
ストークス動力学法は 1987 年に Brady らにより開発された、 ストークス流れの流体力学的相互作用を解く多粒子系の数値解析手法です。 その多体相互作用の定式化は、低次の多重極展開に、二体問題の厳密解を自己無矛盾に 導入することで計算されますが、大きく二つの限界がありました。 一つは、多重極展開の定式化が最低次からはじめの2項に限られていること、 もう一つは、スキームに逆行列の計算が含まれることから、 計算時間が N3 に比例するために、大きな系に使うには遅いことです。 本研究ではこの二つの問題点を同時に解決しました。 つまり、まず多重極展開を一般の次数にまで拡張し、 また行列の反転に代えて逐次法 (N2 になる) を用い、 さらに高速多重極法 (N になる) を導入しました。 その結果、精度と速度の両面から既存のストークス動力学法の 問題点を解決しました。
流体の流れを特徴づけるレイノルズ数が小さい場合、 つまり小さいスケールでの流体力学は粘性が支配的になります。 このとき、流体中に分散した粒子に働く力とその速度の間には、 線形の関係が成り立ちます。 この多粒子問題の解は、たとえ低レイノルズ数での支配方程式であるストークス方程式が 線形であっても、単純な2体相互作用の重ね合わせではなく、一般に多体効果が存在します。 本研究では、これまで不明であった抵抗問題での反射法の収束性に関して、 はじめて、必ずしも収束しないことを証明しました。 易動問題においては反射法の収束性が証明されていましたが、 本研究の結果はそれとは対照的な結果です。 また、抵抗問題での反射法が発散する状況が粒子が接近した配置の場合であることを特定し、 一方、収束する場合は、この反射法が易動行列の逆行列の計算に等価であることを 数学的に証明しました。
[Ichiki, Hayakawa (1993), Ichiki, Hayakawa (1995), Ichiki, Hayakawa (1998)]
粉体流動層は、気体や流体の流れによって粉体を流動化させる装置で、 化学工学や機械工学など多くの分野で広く用いられています。 この系を駆動しているメカニズムは流体と粒子の相互作用であり、 したがって流体力学的相互作用が流動化現象に本質的です。 しかし、既存の研究では、この効果は現象論的に取り扱われていました。 本研究では、この流体と粒子の相互作用を、粘性が支配的となる ストークス近似のもと流体力学的に精密に考慮することで、 数値モデルを構築しました。数値解析を行った結果、このモデルで リアルな気泡流動状態とチャンネル流動状態を再現することに成功しました。
(参照:博士論文、要旨)
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